~ 歌詞でよむ初音ミク 3 ~ 花染

海に沈められた水葬の棺のなかのような 

タグはミクトロニカ。ミクdarkの抑制された声が、幻想的な世界と色彩を歌うことによって、淡い美しさとともに、不思議な妖しさを放つ曲です。曲・詞ともにsea-noさんです。

 

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「僕」と周囲の人/物との絡まりあいが、抽象絵画のような言葉で描かれていきます。彼を取り囲むのは「花」。その花が、彼を足元から染めようとしています。そのなかで彼は「逆さま」になっている「君」と手を取り合って、ワルツを踊る。

 

目をつぶると、憂鬱が溶け、君と笑い合う。そうしているうちにも、花は「僕」の足元を染めていきます。そんな花も「逆さまに落ち」、無数の星も落ちてしまって「すくい上げ切れない」。

 

そこで繰り返されるのは、方位や境界線を失っていく運動のイメージです。「僕」の身体は、囲う花によって足元から染められていき、海を思わせなくもない「淡いピーコックブルー」も全て溢れ出して彼を飲み込んでしまいそうになります。

 

そうならないよう、そっと扉を閉じるのですが、それも時間の問題で、やがて最後には「流れる色を纏って踊ろう」と歌うことに。

 

あえて具象的に想像するなら、海に沈められた水葬の棺のなかの世界・・・といった感じかもしれませんが、そうしたことがはっきり描かれているわけではありません。

 

棺かどうかはさておき、その扉――開くとピーコックブルーが全部全部溢れ出す――の「白い鍵」や、海から顔を出して水面に浮かんだ「海に咲いた黄色い花」など、外部との境界にあるものもまた、最後には全部ガラス瓶の内部に詰めてしまうことで内外も裏返っていきます。

 

そうして彼は「この場所でいつまでも」「どこまでも」踊ると言いながら、言葉さえも翻って「さよならさ」と言い残すのでした。

 

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「花染」(はなぞめ)という言葉は、花の汁で染色をするという普通の言葉です。人の心の移ろいやすさという含意もあって、やはり輪郭や境界を失っていくイメージにも重なるのですが、もうひとつ、馴染みのない言葉のためか「かせん」とも読みたい誘惑にかられます。

 

実際にはそうした言葉はありません。が、「花」と「汚染」とを混同したようなその読み間違いには、不思議なことに彩りと妖しさがあります。sea-noさんは意図していないかもしれませんが、そんな誤読の可能性すらこの作品がもたらす奥行きのように思えてきます。

 

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