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~ 歌詞でよむ初音ミク 62 ~ パイロキネシス

2016年の曲

知られざる快楽に、火をつけてしまう

「プログロイド」タグ。しかしジャンルに縛られない複雑な音や変拍子と、静かに狂気めいたミクさんの声には、不安や不気味さと同時にポップな楽しさから美しさまで感じる凄まじい一曲です。曲・詞ともに久々のsaiBさんです。

 

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ラストシーンから始まる劇的な手法。

いわゆるフラッシュフォワード (フラッシュバックの逆) だと思うのですが 、

まさに「ミライ」から始まって、九時ごろ「彼」は逝った。

死を思わせる沙羅双樹のそばで、そのさまを「僕」は見つめていました。

 

おそらくさかのぼって四時のこと。

「僕」と「彼」とのあいだに匂わされた淫靡な関係。

「撫ぜる度 淫らに吐息を吐く」。脳がリート (歌曲) を奏でるような快楽。

 

そこから「彼」に熱が生じ、炎が上がります。それはパイロキネシスによるもの。

パイロキネシスとは、火のない所に火をつけてしまう発火の超能力です。

 

たかが2メートルにも満たない人体から発した火は、

何千メートルもの「遠い雨雲達」にまで昇って刺激し、雨を降らせたのでしょうか。

 

その雨が彼の頬を伝い、雨にもまれるのですが、

「僕」自身は、彼に着火してしまった炎を消すような「雨にはなれぬ」。

雨ではなく、虫 (カマドウマ) が怒涛に群がるイメージに囚われるのです。

 

この「熱暴走」は、愛のごとき綺麗事では止められません。

断末魔のような「声は残響」し、「消えゆく彼は 己を燃やす」。

 

そうして炎の花を咲かせながら、

冒頭の、彼が絶命したラストシーンへ繋がるのだと思います。

 

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それにしても、なぜ『パイロキネシス』なのでしょうか。

 

不穏でグロテスクなちからのようなものが内面で燃え上がり、猛炎がその身を焼き尽くす・・・といったイメージだけなら、超能力の言葉をもちだす必要もありません。

 

あくまでわたしが感じたことですが、

すでに仄めかすような書き方をしたとおり、

「僕」と「彼」のあいだには、知ってか知らずか同性愛的なニュアンスがある気がします。

 

「撫ぜる度 淫らに吐息を吐く」彼が、身を焼かれながら消えてゆくとき、

ラヴェルの調べを感じながら、「僕は彼を見つめてた」。

 

モーリス・ラヴェル性的嗜好はさておくとしても、

"絡まる指" のあいだには、どこか性とのつながりが見え隠れします。

 

火のない所に、欲望の火をつけてしまう。

 

自分でも気づかなかった快楽に点火され、得体の知れない欲望がめらめらと炎を上げ、そのせいで焼尽していく彼を、瞳孔を開いてじっと「見つめてた」僕のすがた。

不思議な『パイロキネシス』というタイトルを前に、そんな情景を考えたのでした。

 

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