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~ 歌詞でよむ初音ミク 63 ~ 食べなくちゃ

食べることへの病的な葛藤

「切ないミクうた」タグ。気だるげなロックに、重く病的な歌詞。それをやや甘めな声のミクさんが歌うギャップが魅力的な一曲です。曲・詞ともに衝動的の人 (shinoda) さん。

 

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『食べなくちゃ』というタイトルから最初に想像するのは過食症ですが、

むしろ拒食症の飢餓のなかで、食べることへの身体的欲求と心理的拒絶が入り混じった葛藤のようにも見えます。

 

とはいえ、そもそもどちらも根を同じくする病気の2つの側面なので、

過食か拒食か、はそこまで重要ではない気がします。

 

「私」には理想を投影してしまった「あの娘」がいます。

単なるあこがれ、だったら別に問題ないのですが、彼女は強迫的な理想にとり憑かれていて、その理想と自分とのギャップに苦しめられています。

 

別々の個体として生まれた以上、

他人とまったく同じ人間になれることはありません。

それなのに理想を基準にしてしまって、今度は自己嫌悪に陥るのです。

「鏡に映るたび 毎回違う 醜い誰かが ずっとそこにいる」。

 

「嫌い、嫌い、嫌い・・・」という部分は、拒食症的な自罰を思わせます。

しかし生きているかぎり、絶食は続きません。身体的な空腹に耐えかねて、

やがて「食べなくちゃ、食べなくちゃ・・・」という過食症的な欲求がやってきます。

 

「満たされてしまう、満たされてしまう」という罪悪感からすると、

ここでの2つはおそらく交互に訪れる周期的なサイクルなのかもしれません。

 

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さて、これが報告書であれば文字どおり摂食障害のことなのでしょうが、

ここでは、詩として、それ以上の不安定な感情があります。

 

なぜなら食べるという行為には、他者の破壊と同一化が必然的に伴うからです。

だからこそ、執拗に繰り返される「食べなくちゃ」という言葉には、

ほの暗い暴力性、残虐性が感じられるのだと思います。

 

じっさい、「私に足りないあの娘が大嫌い」というように、

「私」の憎しみは、自分に向けてだけではなく、原因の根源としての「あの娘」に転嫁される寸前にあります。

 

同一化できない理想の人間を破壊して切り裂いて、

そして食らうことによって、劣等感を埋め合わせ、同一化しようとする。

ラストで異常なほど反復される「嫌い、嫌い、嫌い・・・」という憎悪の言葉には、

単なる自己嫌悪では収まらない、そうした攻撃性、あと少しで爆発しそうな衝動があるような気がするのです。

 

「切り裂いた肉を奥歯で噛みしめる」――その肉は、誰の肉なのでしょう。

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