~ 歌詞でよむ初音ミク 65 ~ しろいそら

一瞬の、一回きりの「つながり」を見つけ出すこと

ピコピコ系チップチューンの「ミクノポップ」。機械っぽさと暖かさを両立するミクさんの特徴が十分に活かされています。詩情を捉えたことばがみずみずしくて素敵な作品。詞・曲ともにドッPさんです。

 

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陽当たりの良い場所にできた「あったまった みずたまり」に、

光がきらめいてビー玉のように見えたら、こっちを見つめ返した気がしました。

 

雨があがった道路の“黒いアスファルト”と見事なコントラストをみせる、

おそらく朝霧のかかった「ひやっと しめった “しろいそら”」。

 

「こんなすてきなあさ」も、

昼になって、晴れると、もう忘れてしまいます。

 

いろんなヒト、いろんなモノが生きる時間は、

おたがいが出会うたびに重なって、そしてすれ違っていき、

それぞれの想いも、そんな波にさらわれて漂っていく。

「だけど それでいい」。

 

「ささいなこと」だけど、「なんでもない」ことだけど、

「やっとおわったはずの きのう」と、「ぼくらのあした」のあいだには

いつでもそうした繊細でちっぽけなちがい、変化があって、

そっと深呼吸をしてそれらを見つけていくとき、「よどんでいたかんどう」を思い出して、また歩き出すことができるのです。

 

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仮に音楽がなかったとしてもちゃんと詩として成立するくらい、

この平仮名だけの歌詞はシンプルだけど見事だなぁと感じるのですが、

そこには詩にとっての一つの大切な側面が表れている気がします。

 

瞬間をつかまえて、短いことばに凝縮する。

 

ぬるい水たまりにきらめいた光がビー玉に映ったり、

朝靄で白くなった空が、地面の黒いアスファルトと奇妙な対比を作ったり、

 

それぞれのモノが、日常とは別の意味を持ち始めて、

そのときかぎりの一回性のなかで、瞬間的な関係を織りなすということ。

 

わたしたちが何気なく「詩情」という言い方をするとき、

まさにこういった瞬間的でほんの些細な「いつもと おなじじゃない」ことへの、「かんどう」を指している気がするのです。