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~ 歌詞でよむ初音ミク 72 ~ 君の朝に起きれば

2014年の曲

うだうだと踏ん切りがつかなくて

「君」のいない現実を、夢だと自分に言い聞かせることで逃避しようとしているミクさん。うだうだしてる感じが可愛らしい曲です。「かわいいミクうた」タグが付いていますが、ファンクな格好よさも特筆すべきです。曲はオトナシックさん、詞は手動アトランティス大陸さん。

 

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イソップ童話にもある「すっぱいブドウ」(手に届かない理想)を一度は「堂々と味わって」しまったらしい彼女。その相手はおそらく「君」のことですが、その人が最初から存在しないまぼろしなのか、それとも束の間だけそばにいられた人なのかは分かりません。

 

失敗は成功の糧、などと慰めさめられているように、「君」はもういません。

 

でも彼女は「全部わかっちゃうのがヤだった」。そこで、君のいない現実を、むしろ夢だと言い聞かせます。「いつか起きたら 誰かの手を握ってるって」。君のいない今日なんて夢であって、タイトルのように、君のいる朝に起きることができれば・・・だから「全てを変える目覚ましよ、鳴って!」などと無茶な願いを言ってみたり。

 

ここまで書くと相当危うい子ですが、実は彼女だってちゃんと分かっています。そうやって夢から覚めようとして「頬をつねったら眠れなくなって」しまうようなまぬけな女の子なのです。

 

「だけど今日だって 冷える朝にいつもと同じ目覚ましが鳴った」。

 

単に現実に引き戻されるだけなら残酷なことですが、うだうだしてる彼女はやんわり現実の肯定へと戻ってきます。「夢の今日が明日なくなるのもかなしいかもって、ちょっと思った」。ちょっと、というのが絶妙ですよね。

 

「顔を洗ったら外が眩しくて」、そんな現実の今日を「まあ、それもアリかなあ」と受け入れていく、このシニカルかつどこかユーモラスな感じがとても愛おしいです。

 

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ところでこの歌詞は、音韻の面でも非常によく出来ています。同じメロディの箇所を、4/4拍子で2小節に割ってみると、

 

「すっ__/ぱいブド/ウをどう/どうとあ  じわって/こういう/のもアリ/かなんて」

「しっぱい/はさいこ/うのかて/ですしな  んてせっ/キョうをな/んどされ/たって_」

「もう_い/いからそ/れでやめ/チャえばっ  て_そう/いうのだ/ってわる/くないね」

「いっ__/たい_ど/こからた/どってど  んなとこ/ろへむか/えばいい/か___」

 

と、こんな具合に、「意味」の分節と「リズム」の分節を思いきってズラした、詩学で言ういわゆる句またがり(enjambment)を多用しているのが分かります。ヒップホップでも見られる手法ですが、語り手の逃避と現実がうだうだと続いてはっきりしないさまにうまく合致しているところが、単なる音韻テクニックに留まらない点だと思います。

 

サビなんか「(・・・って) 思ってしまったの」「(・・・って) 願っていたんだよ」から始まるのですから、句どころか「連」ごとまたがっていて、彼女はそうとう混乱しちゃってるみたいです。

 

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