~ 歌詞でよむ初音ミク 138 ~ あいつらを殺せ

「あいつら」って誰のこと?

「ミックホップ」タグ。言語の ”生々しさ” が最も求められるラップにおいて、あえて機械じみたミクさんの声を使うことで、人間には表現できない世界を開拓しています。曲・詞ともに松傘さん。

 

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「あいつらを殺せ」と、

唐突にわたしたちを扇動するミクさん。

 

醜くて、臭くて、

野蛮で、馬鹿な「あいつら」

 

虫けらのような、悪魔のような、

嘘つきで、吐き気を催させる「あいつら」

 

狡くて憎くて、品性下劣な「あいつら」を、

火であぶり、切り刻んで、槍で突いて強姦しろ、と。

 

「一人残らず」「あいつらを殺せ」。

理由も相手も分からないまま、憎悪だけを煽られて狼狽えるわたしたちに、

ミクさんはただただそう繰り返すのでした。

 

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みなさんはこの「あいつら」で、誰かを思い浮かべましたか?

 

この指示語(あいつら)が、”誰か” を指しているのは事実なのですが、

実のところそれが誰なのか、結局わかりません。

 

これは言語学的にはエクソフォーラといって、

指示対象がテクスト外に存在するパターンです。

 

ふつうなら“言わなくても分かっている”とか“指を向けながら言ってる”とかで、

文脈や身体行為などの補完情報によって意味は伝わるものなのですが、

 

ところがこの曲ではそうした補完情報がありません。

たぶんわざと抜かしたのだと思います。

 

まして歌っているのは私怨をもたない、ミクさんという合成音声。

となると、この曲は、標的のない煽りをしているかのようです。

 

この ”標的のない煽り” というのは、

演説(煽り)と深いかかわりをもつラップに対するパロディだと思うのですが、

 

それなのに ”誰か” を思い浮かべたとしたら、

結局それは、わたしたちの側の意志になってしまいます。

 

極私的な過去や思いを「言語」化しがちな人間のラップとは逆に、

宙ぶらりんの「言語」が先にあって、聴き手のほうが勝手に極私的なものを当てはめてしまう機械のラップ。

 

この逆転した構造に、うっかり口を滑らせてしまう聴き手がいるのではないかと、

ミクさんと松傘さんは微笑んでいるのかもしれません。