~ 歌詞でよむ初音ミク 144 ~ セグメントエラー
無数にいるのに、私の「知らない」人たち
「ミクノポップ」タグ。混線のように楽しく飛び交う音のなかで、機械っぽさを前面に出したミクさんが、思いのほか苦い内容の歌詞を淡々と歌っています。曲・詞ともに、歩く人さん。
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「目の前が白く」なって、「窓の外明るくなって」、
そのうち「黒く」なって・・・、ただそんなふうに過ぎていく日々。
「私」は「この街に憧れて」やってきたのだけれど、
「新宿」駅の「改札の前」には、「不機嫌な顔だけ」がひしめいて、
「目くるめく 忙しく流れて行くの」。
「知らない街」に溢れかえる「知らない人」たち。
「知らない顔」、「知らない道」、「知らないサイレン」・・・
「人脈も智見もない」「私」は、
「なんてことない往来」のはずなのに、
「ただ一人取り残されて」いる気がしてしまうのです。
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「知っている」という言葉は、
日本語では一緒くたになっていますが、
ヨーロッパの言語(英語以外)では、よく二つの単語に区別されます。
「知っている」(ただ単に認知している) という単語と、
「知っている」(中身をちゃんと理解している)という単語のように。
この曲の「知らない」は、たぶん後者のニュアンスに近い気がします。
「街」や「人」や「サイレン」自体はちゃんと "認知" できているのに、
"中身を上手く理解できない" でいます。
まさに、
「人は無数にいるが 私には知らない人であった」というような。
ところでプログラム上の「セグメントエラー」もまた、
(コンピューターのプログラムを実行するとき、
確保されたメモリ領域を超えたり、別の領域を参照したときに起こる)
エラー自体は認知できるのに、
どこの記述に具体的な原因があったか分かりにくいエラーだそうです。
もしかしたら、
上京した人間のつまずき、都会での煩悶というのは、
そういう「知らない」に近いのかもしれません。
明確な敵がいたり、ものすごい挫折や失敗があるというより、
はっきりと理由も分からないまま、うまく馴染まない、ハマらない。
はっきりした理由も分からないから、
うまく悲しむことも、さみしがることもできなかったり。
(お気づきかもしれませんが、この曲には "感情" がほとんど出てきません)
なぜか分からないのに「ただ一人取り残されて」しまう感覚が、
まるでプログラム言語がうまく実行されないチグハグさのようで、
機械らしく淡々としたミクさんの声が、
逆にさみしそうに聴こえるんです。