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~ 歌詞でよむ初音ミク 123 ~ rain stops, good-bye

2008年の曲

雨が終われば、別れのはじまり

「ききいるミクうた」タグ。ピアノをメインにした優しく淡いバラードで、叙情性のつよい曲ですが、ミクさんがあっさりと歌い上げることによって一歩引いたロングショットの映像のように場面全体が見えてきます。曲・詞ともに、におPさんです。

 

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人けのないカフェで沈黙のつづいた長い別れ話のあと。

 

これが最後と思って店を出ると、外はどしゃぶりの雨になっていて、

雨が止むまで少しだけ別れの猶予が生まれてしまいました。

――わたしはそんな情景を思い浮かべています。

 

「穏やかな雨」のなか、傘を閉じて濡れ立つ二人。

 

まだ少しは「愛してる?」と聞いた「僕」に、

「君」は口ごもってしまって、面倒くさがりながらキスをしました。

 

雨がやんだら、それが別れのしるし。

「何も君は言わずに 僕も特に何も言わず」、二人は背を向けて歩き出したのでした。

 

照り出した太陽に、「僕」はひりひりと焼かれて立ち竦んでいました。

やがて濡れた髪が乾き、「緑が舞う」季節がすぎて、「茜に染まる」日が巡ってきます。

 

でも決して、君が帰ってくることはありません。

想いを叫んでも、雨と一緒に排水溝へと流れていってしまって、

「どれだけ素敵な歌に乗せたって」、もう届くことはないのです。

 

そんなことを思うと、「僕」はいまでも胸がざわつくのでした。

 

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ふつう ”雨が止む” というのは悲しい出来事が終わるという比喩です。

 

雨が止むまでは悲しみに暮れて、晴れ間がのぞいたら立ち上がる・・・

お決まりすぎてちょっぴり照れますが、それくらい定型のパターンということです。

 

ところが、

この曲では、雨が止んだら、別れがやってきます。

喪失の悲しみに襲われるのは、雲間に陽の光が射しこんできてからなのです。

 

そこには感情とシーンのズレ、というか時間差があって、

だから気持ちの整理がまだ追いつかない、といった感じに襲われるのだと思います。

 

たぶん、歌詞としてはそこが狙いなのではないでしょうか。

こころの区切りがつかないまま、時間は次へと進んでゆくという微妙な焦燥感。

 

“いつか雨は止む” とか ”止まない雨はない” といった生暖かい比喩とはちがって、

雨は止んじゃうのです。「僕」の胸はいまでもざわついているのに。

 

センチメンタルで湿っぽい「僕」とは対照的に、

実はものすごく乾いた時間の流れが裏表になっているような気がします。

 

とはいえ、有無をいわさず止んでしまうその雨は、

たしかに感傷にずっと浸ろうとする「僕」を置き去りにするのですが、

そのおかげで喪失の悲しみの先が見えてくるのかもしれません。

 

別れがいちばん苦しいのは、実際に別れが訪れるまで、だったり。

そういうことは往々にしてあると思いますから。

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