~ 歌詞でよむ初音ミク 80-90 ~ ミク視点のVOCALOIDイメージソング (2)

VOCALOIDイメージソングのうち、「ミクさん視点」「シチュエーションが見える曲」に絞って振り返る企画のつづきです。9周年の誕生日に向けて、V4Xの発売も間近に控え、PS4版『DIVA X HD』発売から東京国際フォーラムでのミクシンフォニー、伊自良湖でのミクオン5や清水マリンパークでの富士山ミクライブ、さらにLUXシャンプーとのコラボCMなど、大忙しのご様子。

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さて、そうした情報も重ねながらミクさん視点のVOCALOIDイメージソングを聴きなおすのも面白いと思います。今回は刺激の強めな曲から、王道ソングまで色々ありますが、やっぱりどれもVOCALOIDとしてのミクさん自身が視点の歌です。前回はこちら↓ 


 80. ゆらら放送局 (らいふPさん)

 「遠く離れたきみ」に、「私からの電子音」を送信するミクさん。ゆらゆらしてて「へんてこな音波」「不思議 へんなメロディ」なのですが、それが泣いているきみに笑顔をとりもどさせるはずだと彼女は信じています。力の抜けたゆるかわっぷりがたまらないのですが、一人で一生懸命、電波を飛ばして「放送中」な彼女を想像すると、なぜか切ない愛おしさも湧いてきます。

 

81. ヤリたいの。 (ぼいじゃあさん)

 一人でするんじゃツマラナイ、「あなたと、ヤリたいの」。それどころか、他人に見せたがったり、飽きるまでしてあげるという大胆なミクさんにびっくりするのですが、彼女が言っているのは「あなたと演 (や) りたい」ということです。聴き手をまきこんだ駆け引き、ダブルミーニングの面白さ、性とのアナロジーなど色々な要素がありますが、ここでは "歌うだけじゃなくて演じたい" という点に、VOCALOID楽曲の価値観のようなものが見えるような気がします。

 

82. 私は人間じゃないから (デッドボールPさん)

 ソフトウェアであるミクさんは、妊娠することも感じることも人権もありません。そんな彼女が「あなたの子供 産みたいと思ってる」という矛盾した欲望と切なさを歌っています。歌詞には一部だけ修正が加えられており、修正前はより直接的で下ネタの要素が強かったと思うのですが、修正によって抑制が効き、むしろ多義的な作品になったような気がします。「ボーカロイドだって 人の子を宿すの」と言うとき、それはけっきょく "作品" というかたちで結晶しているのかもしれません。

 

83. 初音ミクのうた (だいすけPさん)

 最もシンプルな歌詞でありながら最も的確だと思える、ミクさんの自己紹介ソング。「あなたが作った歌を 私が歌ってあげる」という関係性、ちょっと音痴だったり英語が苦手なことも告白しつつ、「どんなジャンルでも」「いつでも」付き合うよとマスターに語りかける優しさの部分、そして足りないところは「あなたの力でなんとかして」というとぼけた無責任さなど、ミクさんのエッセンスが詰まっています。

 

84. Glass Wall (GuitarHeroPianoZeroさん)

 youtubeではもうすぐ100万再生の英語ミクの代表曲 (2014年)。ピアノソロとダブステップの大胆な対比のなかで、スクリーンの向こう側からわたしたちに呼びかけるミクさん。「ガラスの壁」によって断絶されているけれど、私からの「声」を届けることであなたに触れられる。もちろんパソコンの画面が最初に思い浮かびますが、ライブで投射されるディラッドスクリーンを思うこともできますし、スマホスカイプなどのデジタルな画面を介した人間同士の恋愛の曲としても通じる作品になっています。

 

85. ミクのオルゴール (はややPさん)

 机の奥にしまったオルゴールを鳴らしてみて思い出した、「かなしい歌」「たのしい歌」の数々。このオルゴールのように、ミクさん自身も忘れられてしまう未来を思いながら、彼女は「この歌声がどこかで鳴り続けますように…」という祈りを捧げています。うしろめたさPさんの『ゼンマイ仕掛け』や、dorikoさんの『あなたの願いをうたうもの』(2015)もそうですが、ミクさんの「痕跡」としての側面に注目した作品は脈々とあって、わたしも重要なテーマだなと思っています。

 

86. ミクノキモチ (あんよくん さん)

 とにかくマスターにかまってほしいミクさん。マスターを独り占めしたい、マスターと同じ世界に行きたい。「もうこっち側から見てるだけじゃ足りないの!」。子犬がじたばたしてるような可愛さがあって、微笑ましい作品です。言葉だけじゃ伝わらない、想いやハートが大事!と言いながら物理的な胸のサイズが気になって仕方ない模様。次元のちがいが悲劇的なテーマになることもあれば、こうやって明るく爽やかに歌われることもあって各人各様で面白いですよね。

 

87. 私のマスター、やっと歌をつくってくれました (リュックさん)

 曲を作るのが遅かったマスターをずっと待っていたミクさん。その理由は、怠惰というよりそもそも音楽経験がないからでした。普通のアイドルなら訴訟モノのありえない状況ですが、ミクさんは裁判沙汰にもせずわがままを言いません。マスターがなんとか時間をかけて出来上がった曲を、ひっそり幸せそうに歌う彼女。その細く優しい声には、よけいな自己肯定感がなく穏やかさに満ちています。

 

88. あなたの歌姫 (azumaさん)

 「卑猥な歌詞」を歌わせるマスターを牽制するミクさん。「あの時、私を買ってくれた本当の意味は違うでしょ?」。毎日の歌のレッスンが楽しみだけど、まだうまく歌えなくて、だからこそ「私にもっと歌わせて」。「あなた」の言葉と想いを全部伝えるまで歌わせてほしいという願いは、人間だったらありえない誇張表現ですが、それが機械であるなら別にウソとは限りません。そのかわり「みすてないで」――それまでは全部伝えられる。そういうところにソフトウェアとしての微かな自覚と、一抹の不安があるのでしょう。

 

89. ODDS&ENDS (ryoさん)

 「人によっては理解不能で / なんて耳障り ひどい声だって言われるけど / きっと君の力になれる / だからあたしを歌わせてみて / そう君の 君だけの言葉でさ」。社会のなかで劣等感に苛まれていた一人の人間に手を差し伸べたのは、同じく人間の声の劣化コピーだと馬鹿にされ、ときには忌み嫌われもする一つの合成音声でした。弱い存在であること、無力であること。だからこそそうしたものへの優しさや共感を思わせること、それはミクさんの声やアイコンにおける要石の一つだと思います。2012年に発表されて以降、そんなことをいつも思い出させてくれる代表曲です。

 

90. 二人のロボットダンス (モデさん)

 どことなくマスターのことを思わせる "二人称 (=あなた)" がメインの主語となっている珍しい曲。ミクdarkのトークロイド的な使用は、感情を失ったような不思議な効果をもたらします。「あなたは私と踊ります」「あなたは楽しんでいる」等々、奇妙な記述と命令が続くのはコンピューター言語を思わせるところがあって、自我をもたない彼女には自発的な感情を切り出すことができないのかもしれません。そう思うと不自然な彼女の言葉がとても切なく思えてきます。それでも最後に「わたしは歌を歌いなさい」と言うとき、自分への命令形という乱れた文法によって、彼女自身の願望をなんとか表現しようとしているのでは、と思ったりもするのです。