~ 歌詞でよむ初音ミク 112 ~ 秋雨前線
見えないところで、何かが劇的に変わってしまった
「ピアノミク」タグ。お誕生日企画で一気に飛ばしたのでちょっと時間が空いてしまいました。すっかり秋めいてきましたね。雨の日も増えてきたしこの曲を、ということでピアノとミクさんの声というシンプルな構成が、暗く美しい一曲です。調教も巧みで、高音や子音の綺麗さに心を惹かれます。曲・詞ともにFloatGardenさん。
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「授業」や「校庭」といった言葉があるのでおそらく高校生ぐらいだと思うのですが、
「幼い恋心」と言うわりには、大人びた愛の喪失が歌われています。
生命の息吹にあふれた夏のあと、
大気にのこった熱を鎮めるかのように「秋雨前線」が訪れて、
しとしとと長雨の静かな秋が到来します。
この季節の移ろいと重なって、
「あなたとの 運命線」は途切れてしまいました。
何かがあったのです。
でも語られることはありません。
ただ仄めかされているのは、
「いつの間に あなた 大人になって」しまった、ということで、
それゆえ「二人で交わした約束が」支えを失って、たよりなく「風に舞う」のでした。
「私」のほうは、その夏に取り残されてしまい、
「恋が見えないままで」迷子となって泣いています。
ところが、秋雨の訪れによって、
そんな「あなたの面影」も、あの夏の季節ごと、
滲んでぼやけながら消えてゆくような気がしてきて、
けっきょく彼女は「あなた まぼろしを 私 愛した」と歌うのでした。
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最後の「あなた まぼろしを 私 愛した」という歌詞は、
「あなた」と言ったあとそれを打ち消して「まぼろし」と言いかえるようで、
ここだけ片言みたいになんとも言えない絶妙な表現だと思うのですが、
この「あなた まぼろし」や、その直前の「夏によくある眩暈」、という彼女のことばに少しゾッとするのはわたしだけでしょうか。
実は、彼女だって変わってしまったのです。
ついさっきまで夏の記憶に置き去りにされて、恋が見えないと泣いていた彼女が、
その恋はごくごく平凡でちっぽけな「まぼろし」「よくある眩暈」だったと言ってしまう。
この時間の残酷なちからにゾッとする美しさがあるのだと思います。
歌詞にも出てくるとおり、夏にはあれだけ青々としていた森が、
わずかのあいだに赤に染まってしまうというのは、改めて思うと不思議なことです。
もちろん紅葉のシーズンは落ち着いて安心したりもするのだけど、みずみずしく躍動していた夏が、知らんぷりでそっけなく枯れていくことには、やっぱり冷淡で残酷な側面もあるのでしょう。
だから秋雨前線のもたらす「秋の水」が、
かろうじて薄く繋がっている過ぎた夏の燃滓を冷やし、滲み消していくとき、
このサビの細く危うげなメロディの美しさというのは、わたしには見事にぴったりだと感じるのです。