~ 歌詞でよむ初音ミク 146 ~ celluloid
終わったはずなのに始まろうとしている
「ききいるミクうた」あたりでしょうか。余計な感情を見せびらかさないミクさんが、喪失感を見事に表現していて、最初期なのにキャラソンとは一線を画した渋い名曲です。曲・詞ともにbakerさん。
**********
「遠い過去」なのに、
「いつまでも」変わらないまま映し出される、
記憶のなかの「君」と「僕」。
ところが、
今じっさいの「君」のすがたは見当たりません。
何があったのかは歌われないけれど、
「全て僕のせい」でした。
それからは「呼吸さえ 覚束ず」、
「色褪せた」日々を、「長い夜」を、生きています。
そのことを「君」に伝えようとしたところで、
「何の意味もない」し、「何も見えない」。
「誰も救われない」し、「何一つ変わらない」。
「光が差し込んで歩き出せるのは いつだろう」。
・・・もう「夜明けは来ないよ」。
ところが、そんなシニカルな諦めのことばとは裏腹に、
「聴きたい音があるよ」「知りたい事もあるよ」という想いがうずくのでした。
**********
どうしてこの曲は「セルロイド」なんだろう、って思ったことありませんか?
一度も歌詞にはでてこない言葉ですから。
もちろん正解なんて考えても仕方ないのですが、
勝手にちょっとこんなことを想像してみたくなりました。
「セルロイド」自体は、むかしの合成樹脂です。
ふるいプラスチックを想像すれば近いと思いますが、
薄くしてフィルムの素材にもなっていました。
なので今も英語の celluloid には、 ”映画” の意味もあって、
要するに、記憶をとどめるものも意味するのです。
でもそれだけじゃ、「セピア色の記憶」的な感じで、
ノスタルジーな雰囲気だけ?ということになってしまいます。
セルロイドには欠点があって、
有名なのはちょっとした静電気などで発火してしまうことですが 、
でももうひとつ、わたしは ”熱にも弱い” という特性に興味をもちました。
セルロイドは熱がこもると、
ゆっくり液漏れをおこしながら、ドロドロに溶けてしまうのです。
思えば、この曲には「虚しいだけ」と顔をそむけながらも、
「騒ぎ出す微かな予感」がありました。
「溢れ出す期待」だってあるのです。
「聞こえない振り」をしても、
「聴きたい音がある」し、「知りたい事もある」。
「強がり」ではあるけれど、
けっきょくは「前だけ見つめている」自分がいて、
「希望なんてなくても 僕は生きてく」のです。
本人は諦めてしまおうとしているのに、
なにか心の奥底から ”熱” が仄めき立とうとしていて、
その生きる熱量のようなもののなかで、
記憶にこびりついた「君」のすがたが、ゆっくりとぐちゃぐちゃに溶け始めている。
――そんな celluloid のイメージを重ねながら聴いてみたりするんです。